銀河の記憶

きっと誰もが通る道 けれど誰も知らぬ道

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2007.01.26 Friday

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2007.01.26 Friday

千差万別な虹が存在する可能性

まずはWikiさんのところから引用。
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目は網膜に3種類の細胞をもっていて、
それらはそれぞれ赤の波長に反応するセンサー、
青の波長に反応するセンサー、
緑の波長に反応するセンサーとなっている。
その3つのセンサーの反応の度合いの組み合わせで人間は色を見ている。
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人によってこの細胞の中身に違いがあるのであれば
当然見ている世界は変わることになるわけだし、
人によって色の認識が違うとなると話が噛み合わなくなる。

外界から同じレベルの刺激を受けたからといって
全く違う人の脳に同じ活性が起こるとは限らないからねぇ。

だけど、生まれてからずっと日本語を学習してきたおかげで
例え認識しているものは違っても、同じものを指す言語が共通化されている。

あえて名前を与えることによって会話を成り立たせる必要があるわけですな。

大昔の人はそういった共通言語がなかったのだから
それはそれは大変苦労してコミュニケーションしていたんだろう。

もしくは、そういったことを表現することもなく
見たまま感じたままに表現する術があったのかもなぁ。

2007.01.26 Friday

文化の違いから生じる虹の違い

日本人にとって虹は7色だけど、
この配色の認識って国によって違うんだよね。
でも虹が二色だという人たちも、虹が二色に見えている訳ではなくて
日本人が見ているのと同じ虹が見えている。


幾重にも重なっている虹の色も、
七つの色の名前を与えれば『七色』に見えて、
二つなら『二色』にしか見えないという分かりやすい話があって
それに対応する言葉がなかったから、元々存在しないものとして扱っているらしい。

アメリカ、イギリス:6色

      ドイツ:5色

    南アフリカ:3色

     リベリア:2色

言葉が生まれる前の世界では虹はどのように見えたんだろう?

言語学の世界でよく扱われるのは赤ん坊の見る世界だけれど
彼らは、赤、青、黄、緑、橙などという色は知らないから
まさに、見たままの姿で『虹』を感じているわけだ。

言葉を覚えるにつれて表現の幅は広がっていくけれど
最初に触れ合う言語によって表現の幅は限定されてしまうってのも味気ない感じだなぁ。

2007.01.20 Saturday

見えない光

外を見てください。
とても美しい夜景が見えます。

夜景の光源であるビル、また星からでも
また同じように感動を覚えることが出来るでしょうか?

残念ながらそれはありません。

彼らは眩い光に包まれながらも
いつまでもそれに気付くことはありません。

彼らがそれを得るには
その場を離れねばならないのです。


人間はどうでしょう?
同じなのではないでしょうか?

一人一人輝いているはずなのに
いつも誰かに憧れてるのではないですか?

あなたはたまに自分を卑下しすぎて
自分を見失うことがあるかもしれません。

そんなあなたを見て喜ぶ人がいますか?憧れる人はいますか?

あなたは輝いていて下さい。僕のために、誰かのために。

2006.04.30 Sunday

最近

最近、就職活動が忙しくて書く暇がない。

きっと…こういう時に
思っていることを書き綴っておけば、
あとあと面白いのだろうなぁ。


…けど、俺はそんなに頑丈な神経もっていないから
当分は無理そうです(笑)

2006.02.03 Friday

夜のしじま

『夜のしじまに溶け込んでいく』

そんな感覚がたまらなく好きで
何も見えない暗闇をベランダから見つめている。

突然夜のしじまを引き破るもの。

生き物の呼吸。
空の涙。
走る鉄の箱。

か弱い夜の静寂は彼らに打ち消されてしまう。
けれど、ふと雨が途切れた刹那…
もう耳にうちには『静寂』が色づいている。

圧倒的な闇とその静けさは
何もないからこそ、その存在感を示す。
でもそれはすぐに消えうせてしまう危うい存在。

そんなひ弱な闇に抱かれて
今宵も世界は暮れていく。

2006.01.02 Monday

空がふわふわした白い絨毯で敷き詰められて
誰かがその上で走り回ったのだろう

空の絨毯から羽毛が舞い上がり
それが大地に舞い降りてきた

大地には空と同じような白い絨毯が敷き詰められて
その上を子供たちが走り回っていた

空の白が
大地の白が
走り回る子供の白い息が

何とも形容のしがたいこの世界を
少しの時間だけ
美しい白色で埋め尽くした

2005.12.18 Sunday

モノクロームの世界(5)

<ブラウン管の中>

見慣れた渡辺の家。
ドアを開けるとムアッとした温風が顔に吹き付けた。

「お、お前」
「へへ」

そう、渡辺は家を出る時に暖房器具の電気を切っていなかったのだ。

「いくら寒がりといっても…これはないだろ」
「家に帰ってから部屋が暖まるまでの時間を考えてみろよ」
「…うむ」
「だろ」
「まったく、お前には感心させられるよ」
「はは、そうだろそうだろ」

(…おまけに超ど級のアホときている)

話を続けるのがアホらしくなったのでテレビをつける。

「お前、家主に断りもなくなんだよ」

はは…とそれを軽く聞き流し
画面に映し出される映像に目を移す。

妙なものがそこにあった。

「あれ?」

僕は無意識のうちに声を上げていた。

「なんだ?」
「あ、ああ…これって去年の映像かな」
「そうかも…嵐山の紅葉だな」

「…待てよ、これライブ中継じゃないか?」
「え?」
「リポーターが天気予報してる…」
「ちょっと音量上げてみよう」

……
相変わらず青いままの嵐山です。
そのせいか一段と京都の冷え込みが強く感じられます。

以上、京都、嵐山からでした。
……

「……」
「……」

僕と渡辺は絶句した。

「あ、あいつ何を見てるんだ?」
「ああ、嵐山は真っ赤に染まっているじゃないか!」

2005.11.22 Tuesday

モノクロームの世界(4)

<青い落ち葉>

12月になろうというのに紅葉は始まらない。
辺りの草木は紅葉を待つことなく地べたに這いつくばっている。

僕らの帰り道はすんなりと冬を受け入れたが
道路の両端で山積する青いままの落ち葉は
冬はおろか秋の到来さえ待たずにふるい落とされ、
釈然としない思いを胸に道路清掃車の到来を待っている。

骨骨しい幹を露わにした広葉樹が
吹き付ける風にばさばさと震えている。

風に舞う紅葉はなく、緑の渦が地面で舞う。


「いつもは秋になるにつれて街は暖色で溢れるというのに
今年の秋はいつも以上に寒いな。」
渡辺は寂しげな目で舞い落ちる青葉を見る。

「確かに…こうも青に囲まれるとね…。」

似たような台詞を朝から何回も繰り返し交わしている。

相変わらずの曇り空。

少し早めだがマフラーにダウンジャケットを羽織っているが
周りのみんなも同じような服装なので違和感が無い。

気温は例年よりも大分低いはずだ。


渡辺が寒い寒いと繰り返すので外を出歩くのをやめて
渡辺のうちでのんびりすることにした。

今の時期にコタツを出しているのはあいつくらいなものだ。

2005.11.11 Friday

行ってきます。

明日から大阪に行ってきます。
面白い話をたくさん持って帰ってきますね。

それでは、みなさん。
しばしのお別れです。

近頃寒いですし、風邪を引かぬようお気を付け下さい。

2005.11.01 Tuesday

白い息

論文作りの最中は徹夜が当然化していた。

夜中にコーヒーや煙草を求めて
外に出ようと扉を開けると室内外の気温の差に驚く。

買ったばかりの缶コーヒーのタブを開けると白い湯気があがる。

冷えた手にふっと息を吹きかけると掌が白く染まる。

買ったばかりの煙草に火をつける。
煙草の煙を吸い込んで、吐き出す。
紫煙があたりに散っていく。
息を深く吸い込んで、一気に吐き出す。
息があたりを白く染める。

この繰り返しが楽しくて
夜中、外に出てはこの不思議な行動をとり続けた。

寒いのは苦手だけどこの視覚的な楽しさは冬だけのもの。

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